「TOEIC 500点 やばい」で検索する。
まずは500点。そう決めた矢先に、ふと不安がよぎった。
500って、低いのか。笑われるのか。こんな点数を目標にしてる自分、やばいんじゃないか。
気づいたら、検索窓にそう打ち込んでいた。
僕も、まったく同じ言葉を打ち込んだ側だ。
でも、出てくるのは「500はこのレベル」みたいな解説ばかり。何点で何ができる、という話はいくらでも見つかる。
なのに、その500を実際に取った人が、どう解いて、どこでつまずいたのか。実物を見た人の話は、なかなか出てこない。
もう受けて、500前後の点数が手元にある人へ——その点数の話は、別で書いた(560点のレベルと伸びしろ/600点の勉強時間)。ここから先は、これから測る人の話。
500点って、本当はどんな点数なんだろう。
500点どころか、89問しか合っていなかった
本番そっくりの公式問題集を、時間を測って、初めて通しで解いた。
始める前、500までの距離感が、まるでなかった。遠いのか、近いのか。見当もつかないまま、ページを開いた。
でも、答え合わせを進めるほど、ペンが止まっていった。
200問のうち、合っていたのは89問だけ。
89/200。換算して、330点。
満点は990点。そのうちの、330だった。
内訳を見て、さらにこたえた。
ただ音を聞くだけのPart1ですら、6割ちょっと。文法のPart6にいたっては、4問に1問しか合っていない。
会話問題も、後半は集中が切れて崩れていた。
最後の長文パート——Part7の13問は、空白のまま時間切れになった。解けなかったんじゃない。読む前に、時間が消えていた。
公式問題集を閉じた瞬間、手が震えていた。
学生時代から、ずっと英語に目を背けてきた。その答えが、これだった。
正直、ショックだった。でも不思議と、やめようとは思わなかった。
たぶん、背を向け続けてきたものに、初めて正面から向き合えた気がしたからだと思う。
僕が始めたのは、500よりずっと下からだった。
330を取ったあとも、500がどこにあるのかは、うまく掴めなかった。
高い壁なのか、すぐそこなのか。それすら、測れなかった。
330と500の差は、170点。数字の上では、それだけの開きだった。でも、その170が遠いのか近いのか、感覚がまるでなかった。
あとから振り返って、ようやく分かった。500は、高い壁ですらなかった。
壁と呼ぶには、それを一度も、まともに見たことがない。どんな問題を、どこまで解けば500になるのか、知らないままだった。
「低い」も「笑われる」も「恥ずかしい」も、全部、実物を見たことのない人間の言葉だった。
たぶん僕が怖がっていたのは、点数そのものじゃない。まだ会ったこともない500を、頭の中で勝手に膨らませていた。それだけのことだったんだと思う。
30問を塗り絵して、頭は真っ白だった
初めての、本番の日だった。

あの89点の模試から、まだ約2ヶ月しか経っていなかった。
学生時代以来、テストというものから、ずっと離れていた。あの独特の緊張感を、すっかり忘れていた。
だから、本番の時間がどれだけ速く過ぎるかも、緊張がどこまで来るかも、想像できていなかった。
甘かった。
リーディングの後半で時計を見て、手が止まった。Part7を30問、まるまる残していた。
読む時間は、もうない。マークシートの半分以上を、内容も見ずに塗った。塗り絵、というやつだ。
頭が真っ白なまま、終了のアナウンスが流れた。
結果は、560だった。リスニング315、リーディング245。
正直、これで560出るのか、と思った。
だからこの560は、落ち着いて解ききった点数なんかじゃない。塗り絵とパニックの、穴だらけの上に、なんとか乗っかっていただけの560だった。
200問のうち30問。だいたい7問に1問を、内容も見ずに塗りつぶしても、560まで届いた。パニックの上でも、届いた。
500は、「全部解ける」点数じゃない。「捨てても届く」点数だった。
思い描いていた500の方が、実物よりずっと高かった。
どこまでやれば500が見えてくるのか。それは、やった人にしか見えない。テキストには、書いていない。
じゃあ、その「捨てても届く」500まで、いまの自分はどれくらい遠いのか。
初めての模試は330点。21日目に、605が出た
初めて模試を解いた日、330点だった。
500まで、何ヶ月かかるんだろう。そう思っていた。分厚い問題集を何周もして、単語を何千個も覚えて、やっと霧の向こうに見えてくる山。そんなイメージだった。
でも、7日目、15分の小テストで470が出た。10日目、30分模試(50問)で530。15日目に580。21日目には、本番と同じ2時間のフル模試で605。
この間、勉強は1日3時間。
序盤は、続けるだけで数字が動いた。解くたびに、山がこっちへ近づいてくる。
遠い山だと思っていた。でも、そんなに遠くなかったのかもしれない。
がむしゃらだった。
戦略も技術もなく、とにかく量をやった。走った分だけ伸びる。そう信じていた。うまいやり方さえ当てれば、最短で500に届くはずだと。
短文の文法問題、Part5を100問解いた日のことを、いまも覚えている。語彙が50問、品詞が50問。品詞は得意なつもりだった。さっきまで、自信満々に答えていた。
画面に出たのは、40%。30問、落としている。手応えと、正答率。どうやら、別の物差しだった。
130時間で230点上がった。でも、同じやり方のまま走り続けても、そこで止まった。走る量の問題じゃ、なかったらしい。
振り返って思う。500まで来られたのは、技術のおかげじゃない。もっと手前に、技術より大事な何かがあった。
正直、「次はこれをやればいい」っていう技術が、いまもはっきり見えているわけじゃない。ただ、もう500前後まで来た人なら、わかるかもしれない。技術でねじ伏せた感覚は、たぶん、ないはずだ。
単語帳から?文法から?——調べるほど、動けなくなった
単語帳から始めろ。いや文法だ。いやまず模試だ。人によって、言うことが違う。
正しい教材さえ見つければ動ける。そう思って、検索した。
僕もここで止まっていた。何日も調べて、比較して、結局何もしなかった。動けなかった理由は、情報不足じゃない。情報が多すぎて、判断に疲れていたんだ。
やっと1冊を開いても、今度は別の壁があった。
単語は知っている。文法も習ったはずだった。でも読んでいると、途中で文章が「生き物じゃなくなる」瞬間がある。意味が入ってこない。目は動いているのに、頭が追いついていない。
見た、聞いた。それと、できる。まったく別のものだった。
技術より大事なのは、たぶん、この差にどう向き合うか、だった。
1日6時間、机に向かう。完璧に覚えてから次へ進む。最初はそういう覚悟が要ると思っていた。
でも、キャッチボールもろくにできない人に、いきなりノックはとらせない。
まずは、できることから。文法書を1日1章ずつ。45分から1時間、得意な章は30分で終わる日もあった。それを15日、16日と続けた。Part5の正答率が、4割から7割になった。
文法の問題を解く習慣をつける。単語を覚えようとする習慣をつける。高い壁を一気に超えることより、日々6時間を耐えることより、まずこの二つを毎日の中に入れるほうが、先に必要だった。それが、できることから、の中身だった。
進め方も、そんなに複雑じゃない。1週目で文法の型を入れて、2週目からは30分模試を解いて、覚えた型を使ってみる。ただ、その順番だった。
文法書の音声は、ほとんど使わなかった。文法は、読んで理解するほうが頭に入った。リスニングは通勤の電車に任せて、この一冊は読む学習の軸にする。やり方は、自分に合う形でいい。
完璧じゃなくていい。できることを、前向きに積めるかどうか。
500は、この姿勢を持てた人が届く点数だった。
家だとダレる。続いたのは、根性じゃなかった
家で開いた問題集は、なかなか進まなかった。
続くかどうかは、意志と根性の問題だと思っていた。気合いが足りないからダレるんだ、と。
最初は、続けるだけで点が伸びた。だとしたら勝負は、それを習慣になるまで続けられるか、だった。気合いだけでは、たぶん越えられない。
家だと、どうしてもダレる。だから、毎日カフェで2時間。通勤の電車では、リスニングを1時間。1日3時間の中身は、これだった。

不思議なもので、家だと開かない問題集が、カフェの席に座ると開く。続いたのは、根性のおかげじゃなかったのかもしれない。
毎日が回っても、点が跳ねる日は、そう来なかった。
大きな達成感がないと、続かない。そう思っていた。
でも、足を前に出させたのは、もっと小さなものだった。昨日わからなかった文法が、今日は解けた。模試の数字が、少しだけ上がった。点数に繋がらなくても、ニュースで海外の人が話している場面で、一言二言だけ「あ、これ勉強したやつや」と気づく。
その手応えを、ひとつずつ、噛みしめる。大きな喜びは、そんなに来なかったけれど。
楽して届くルートはない。でも、取れる
500は、高い壁でも、やばい点数でもない。
裏口入学みたいに、楽して届くルートはない。でも、やることをやれば、しっかり取れる点数だ。
学生時代からずっと、英語に目を背けてきた。そんな僕でも、ここまでは来られた。
その「やること」を、今日のうちに、3つ。まずは、今の自分が何点なのか——そこから始めればいい。重いものは、ひとつもない。
- アプリの30分模試(50問)を1回、解く。abceedのミニテストでいい。僕も、模試から始めた。何点が出ても、それが、初めて見る自分の実物だ。今日は開いてセットするところまででよくて、解くのは、明日でもいい。
- 文法書を1冊、決める。どれにするか迷うなら、その迷っている時間そのものが判断疲れだ。僕が使った『世界一わかりやすいTOEICテストの英文法』(記事013)でいい。1冊に決めて、タブを閉じる。
- 明日の45分を、どこでやるか決める。家じゃなくていい。カフェか、通勤の電車か。1日3時間は、形ができてからの話。最初の一歩は、45分でいい。
ここまでやれば、明日の自分は、もう走り出せる。
最初の変化は、たぶん、点数より先に来る。僕の場合は、聞き流していたニュースの一言が、「あ、これ勉強したやつや」に変わった。あの瞬間だった。
ここから先は、いまの状況で分かれる。
- 何から始めればいいか、土台から知りたい人へ。→ TOEIC300〜500点が伸びない理由。伸び悩む理由の地図があると、遠回りが減る。
- 文法書ルートを具体的に見たい人へ。→ 『世界一わかりやすいTOEIC英文法』15日完走。1日1章の進め方は、こっちに全部書いた。
- 僕も、560を取った日。300点台からかなり進んだはずなのに、ぜんぜん嬉しくなかった。もう500前後を取っている人、560を取ったのに嬉しくなかった人へ。→ TOEIC600点の勉強時間/TOEIC600点はすごい。その「あと少し」が遠く感じる理由は、ここから先の話だ。
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