TOEIC才能ないと、600点は難しいのか

英語の才能はない。

ネットでよく見る、「3ヶ月でTOEIC800点」。

ああいう投稿を見るたび、自分にはそもそも600点も無理なんじゃないかと、突きつけられるような気持ちになる。

じゃあ、才能がないなら、何が必要なのだろうか。

全然キラキラしていないTOEIC対策について、噛み砕いてみよう。

目次

気づいたら、英語の才能ないなって思ってた

あの夜、急に折れかけたのは何だったんだろう。

abceedの模試結果を見ていた。
2ヶ月で+40点。すごく伸びた、わけじゃない。

それでも、そんなもんかと思ってた。
毎朝の通勤、夜の机、続けてはいた。

そこに、「3ヶ月で800点」のSNS投稿が流れてきた。

同じ画面に、その投稿と自分の模試結果が並ぶ。
並べた瞬間、2ヶ月が消えた。

消えた、っていう言い方しかできない。
続けてきたはずの2ヶ月が、急に「無かった」みたいな顔をした。

「才能ないんじゃないか、自分」
頭の中で、その一言が点いた。

でも、検索はしなかった。
「TOEIC 才能ない」って打ったら、本当にそう書いてある記事に当たりそうで、それを読んだら本当になりそうで、できなかった。

その夜から、できない理由を探しながら勉強する日が増えた。
ミスを繰り返した時。覚えたはずの単語を忘れた時。
そのたびに、「才能ない」が強くなった。

なんで才能がないと思ったのか

朝の通勤で、abceedを開く。
夜の机で、文法書を開く。

気づけば、できない理由を探していた。
ミスを繰り返した時。覚えたはずの単語を忘れた時。
そのたびに、「才能ないやつなんだ」が強くなる。

境目はなかった。
いつから始まったかも、覚えてない。
ただ、ずっと、できない理由を探していた。

家でこの状態になると、ソファーやベッドにスマホを放り投げた。
何回もあった。

もがいてた。

そんな時、ふと気付いた。

やることも、期限も、曖昧じゃん。
やみくもに、前に進もうとしてた。

向かう方向が、定まってなかった。

できるようになるためにどうするかじゃなくて、
できない自分に言い訳をするための言葉を、探していた。

そういえば、過去にも似た気付きがあった。

数学センスのない僕がQRコードを手書きした話

センスがある世界は、たしかにある。
でも、センスのない自分でも、行けるところはあるんじゃないか。

そう思ったことがある。
大学の数学の必修。ラプラス変換、というやつ。

課題はこうだった。
関数電卓で計算式を解く。
答えで、方眼紙のマスを塗りつぶしていく。
塗りつぶしの集まりが、最後にQRコードになる。

完成したら、先生のところに持っていく。
その場でスマホで読み込んで、「単位おめでとう」が出たら、合格。

最初にこの課題を見て、思ったやつ。

「あり得ない、積んだ」

数学的センスはないぞ、と自分で分かってる。
電卓を叩いて、何百ものマスを塗る。無理だと思った。

カンニング対策は徹底してた。
方眼紙は厚紙で、重ねても透けない。
提出は、先生の目の前で読み込み。

仮に人のを写そうとしても、これは詰む。
何マス目を黒、何マス目を白、と数える作業が要る。
そもそも、合ってるか分からない人の答えを写すのは、あきらめた。

だるいけど、言われた通り、自分で計算するしかなかった。
必須の授業だ。やり切って単位を取るしかない。

唯一の救いは、変換公式が授業中に見ていいことだった。
ただ、最初の10個くらいは、公式を見ても何をしているのか分からなかった。

センスじゃないなら何が必要なのか

そんな状態でも、繰り返してるうちに、何かが変わってきた。

最初は公式を探すだけでも時間がかかってた。
だんだん、どの辺に描いてあったな、と思うようになってきて、
公式を探すという行為が、自動化していった。

「あれ、これ前にやった形だ」が増えてくる。
後半の問題は、計算量だけになっていた。
ややこしい、というより、めんどくさい。

「センスないとむりやん」って最初は思ってたのに、
気づいたら、センスとは関係ないところで前に進んでた。

ひととおり計算し終えた後、先生のところに方眼紙を持っていった。
スマホで読み込んでもらうと、画面に文字が出た。

「単位おめでとう」。

振り返ると、計算量が経験値になっていた。

センスじゃない。慣れ。
つまり、分かるとできるの間にある壁だった。

要は、腹を決めてやっただけだった。

センスじゃなくて、行動が壁を突破させてくれた。

体育のラグビーで気づいた、センスのいらない方法

中高、ラグビーが強い学校だった。
冬になると、毎週ラグビーの授業があった。

サッカーは楽しかった。
ラグビーは、楽しくなかった。

ボールが変な形だ。
普通に投げれば届く、と思って投げると、届かない。

ルールも、慣れない。
前にパスはダメ。横か、後ろ。
バウンドはイレギュラーで、思った所に来ない。
ボールは長辺を軸に投げないと飛ばない。
規定距離まで届くかで、評価される。

最初に思ったやつ。
「センスないと無理やん」

それでも、必修だから、毎週やり続けた。

だんだん、変な形が、変じゃなくなる。
ルールが、頭に入る。
長辺を軸に投げる感覚が、体に入る。

授業の終盤、急に変わった瞬間がある。

パスに回転がかかると、ボールが安定して、遠くに飛ぶ。
相手も取りやすい。

逆に言うと、自分が雑なボールを投げると、相手も取りにくい。
その関係が、急に身体で分かった。

そこで初めて、楽しいと思った瞬間が来た。

クラスの8割は、規定距離まで届くようになっていた。
残りの2割も、回転だけはかけられるようになっていた。

これって、RPGのレベル上げと同じだった。

スライムを倒し続けると、レベルが上がる。
最初は1ダメージで死ぬような敵が、普通に倒せるようになる。
当たり前の基準が、上がる。

ラグビーも同じだった。
毎週やり続けてるうちに、「変な形のボール」が「普通のボール」になっていた。

センスじゃない。
地道なレベル上げが、苦手を突破させた。

でも、続けられなかったこともあるよね

僕にも、ある。
センスない側だから、続かないものも普通にあった。

簿記は、3週間で挫折した。
プログラミングは、2日でやめた。

面白いのは、両方とも、技術的には「できなくはなかった」こと。

簿記は、仕事で請求書処理や仕分けは普通にやっている。実務では使えてる。
プログラミングも、文字を表示するとか、簡単な計算をするとか、入り口のところはやった。

それでも続かなかった。

簿記は、勘定科目を覚える時に「これが何の意味を持つのか」が見えてこなかった。
プログラミングは、画面に文字が出ても、感情が動かなかった。

友達は同じ画面を見て、目をキラキラさせてた。

「これ自販機で見るやつやん」

そう言ってた。
自分は、刺さらなかった。

才能じゃなくて、「意味」か「感情」が足りなかったんだと思う。

夜のニュースの3秒で明日も頑張ろうって思った

点数に繋がらなくても、続ける理由ってあるんだろうか。

あった。
夜、テレビでニュースを見ていた。

海外の人が話している場面で、一言、二言、聞き取れた。
時間にして3秒くらいだろうか。

「according to officials,…」

そこから先は、流れていった。
でも、「あ、これ勉強したやつや」と思った。

金フレで見た単語。
文法書で見た形。

点数の話とは関係ない瞬間だった。
abceedの模試は、相変わらず似たような数字を出してくる。

それでも、ニュースで3秒聞き取れた。
それだけで、その日の勉強が無駄じゃなかった気がした。

薄いよね、と自分でも思う。

点数で測る達成感に比べて、ぜんぜん派手じゃない。
誰かに自慢できるやつでもない。

でも、これが大きくなれば、字幕なしでドラマが見れるとか、海外の人と話せるとか、そういう所に繋がってる気がする。
気がする、レベルだけど。

その薄い「あれ?」が、また勉強机に座らせる。

迷路にセンスはない

3ヶ月後の今も、TOEICは迷路の中にいる。

抜け方を全部知ったわけじゃない。
ニュースで一言聞き取れた瞬間が、ぽつぽつある。それだけ。

この記事で、答えをくれるんだろう、と読んでくれた人には、申し訳ない。
答えはない。

分かったのは、たぶん一個だけ。

迷路にセンスはない。

3ヶ月で800点の人と、2ヶ月で+40点の自分。
並べるべきじゃなかった、というよりは、並べても意味がなかった。

違うのは、地道に行動し続けるかどうかだけだった。

今夜、自分の迷路に戻る。
「才能ない」で検索しなかったあの夜の手は、間違ってなかったんだと、いまは思う。

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